【前回の話】第5話
「寒い…」
北海道の1月20日。
夜中の2時。
一刻も早くKの家に着くために人通りのない道を駆け足で向かった。
Kのマンションに着いたとしても、Kがインターホンのオートロックを開けるとは限らない。
もしかしたら、家から逃げ出しているかもしれない。
そうなればお手上げだ。
今は祈ることしかできない。Kがマンションにいることを。
そして、最悪の事態が起きていないことを。
私はただ祈ることしかできなかった。
お金に目がくらんで見えなかったKの本性
ピンポーン
息も整わないままKの住んでいるマンションのインターホンを鳴らした。
K : …はい。
Kがインターホンに出た。家にいる。確かにKは家にいる。
小川 : 開けて。
私はたった一言そう言った。
そして、Kのマンションのオートロックが解除された。
ようやくKと直接会うことができる。
この状況で、Kは最初にどのような言葉を発するのだろうか。
Kの部屋のドアの前に着くと、中から鍵が開けられる音がした。
そのまま部屋のドアを開けると、玄関にKが立っていた。
ドクンッ
鼓動が高鳴る。
Kの表情はどこか虚ろで、放心状態のように見えた。
言いたいことは腐るほどあるのに、うまく言葉が出てこない。
私が口を開こうとした直後、なんとKはそのまま何も言わずに部屋の奥へと入っていった。
あり得ない…
その行動に怒りが湧いてきた。
私は急いでKの後を追い、部屋の中に入った。
Kは私の存在を無視するかのように何も言わずに部屋に入って、イスに座りはじめた。
そのKの態度を見て私は怒りを抑えることができなかった。
小川 : まずはじめに言うことがあるだろうが!!
私は、イスに座っているKの胸ぐらをつかみ怒鳴りつけた。
K : すみません…
小川 : お前さ、何考えてんの?今日がどういう日だったか分かってんの?H社長との約束だったんだぞ。
お前も来て事情説明をするはずだったのに、連絡もせずにブッチするってどういう神経してんの?
K : はい…
小川 : 「はい」、じゃなくてよ!一体何考えてんだって聞いてんだよ!
K : ……
小川 : お前さ、どう考えても行動がおかしいよ。何か隠してるだろ?
K : いえ…
小川 : お前のパソコン持って来て。そんで銀行口座にログインして残高と取引履歴を目の前で見せて。今すぐ。
Kの顔色がさらに険しくなった。
しかし、もう隠しきれないと観念したのか、パソコンを目の前に持って来て、メインバンクの口座にログインをはじめた。
見たいけど、見たくない。
真実を知るのが怖かった。もう悪い結果しかイメージできない。
……そして今回の真相が目の前のパソコンに表示された。
そこで残高を確認したとき、最悪の事態が起こっていたことを理解した。
メインバンクの残高が、わずか5万円。
きっと「目を疑う」というのは、このような場面に使うのであろう。
小川 : メインバンクの残高が5万円って、どういうこと?お客様から預かったお金も入っている口座だよね。なんでこんなことになってるの?
K : …
小川 : 運用に失敗してたんだろ。
K : ……
小川 : いいから本当のこと言えよ!
再び私はKの胸ぐらを掴み、座っているKを怒鳴りつけた。
K : はい…
小川 : いつから?
K : あの…
小川 : いや、言わなくてもいいわ。取引履歴見せて。
Kが取引している証券会社にログインさせて、取引履歴を出した。
目の前でログインをさせているから、もう誤魔化すことはできない。
これでここまでの経緯が分かる。
しかしその取引履歴は、私をさらなる地獄に突き落とす恐ろしいものであった。
KのFXの取引履歴を見ていると、社債を集め始めた時から、ずっと負け続けていた。
そして、8月には取引自体をしていなかった。
どういうことだ?
集めたお金がキレイに無くなっているが、そもそも2,000万円近くのプール金があるはずなのに、それはどこにいったんだ?
小川 : これって、取引がずっと負け続けてたってことだよね。
K : …はい。
小川 : だったら8月からFXの取引自体してないの?
K : ……はい。
小川 : だったら、8月以降に社債で集めたお金はどこに消えたの?
K : 先に社債を購入していた方への利息の支払いにあてました。
小川 : 毎月俺に見せてくれてた、2,000万円近いプール金は?どこに消えたの?こんな突然無くなるなんて考えられないんだけど。
K : ……
小川 : お前さ、もうここまできて隠せると思ってんの?時間がもったいないから、嘘つかずに全部話せよ。
冷静さを失わないように必死だった。
怒りで理性が飛ばないように、できる限り淡々と話すようにした。
K : あの残高証明は僕が作ったものです。実際には、プール金はありません。
小川 : えっ?
ボクガ ツクッタ?
Kの言葉を理解するのに、一瞬時間がかかった。
確かにKはこう言った。残高証明を「僕が作った」と。
小川 : ってことは、あの残高証明はお前が偽造したものってこと?
K : …はい。
小川 : 最初からプール金なんて存在してなかったってこと?
K : ……はい。
頭が真っ白になった。
予想を超える事態に思考が追いついていかない。
小川 : お前がずっと勝ち続けているトレーダーっていうのも嘘?
K : ……
小川 : お前が俺に見せてた取引履歴も全部嘘か?
K : ……
何がどうなっているんだ?
誰か本当のことを説明してくれ。
頼むから、この現実を嘘だと言ってくれ。
Kの取引履歴も嘘。
勝ち続けているトレーダーというのも嘘。
銀行の残高証明も嘘。
利益が順調に出ているのも嘘。
本当は何一つうまくいっていない。利益も出ていない。プール金もない。
お客様から預かった資金も……ない。
こんな現実、とても受け止めきれない。
まさか銀行の残高証明まで作り変えているとは。
文書偽造ってことは、これって詐欺ではないのか。
小川 : お前、これって詐欺じゃん。分かってんの?自分が何をしたのか。
K : …はい。
知らなかったとはいえ、俺も周りの方達を詐欺投資に巻き込んでしまったのか。
終わったな…
マジで終わった。
もう何をどうしたらいいのか本当に分からない。
少しの間、私の思考は完全に停止してしまった。
幸せの絶頂からの急転落
Kから事実を伝えられても、すぐには考えをまとめることはできなかった。
現実を直視できない。考えがまとまらない。
無くなったお金をどうやって取り戻せばいいんだ?
2,000万円だぞ。
普通に生活している人間からすると大金だ。
一体、どのツラ下げて皆さんにお詫びすればいいんだ。
自分自身のことを考えても、収入が完全に途絶えている。
翌日からどうやって生きていくかも考えながら、事態を収拾しなければいけない。
小川 : まずは、お客様にこの状況を説明しないといけないから、朝一でお客様全員に連絡して、ここに来てもらおう。
K : はい。
その時には夜中の4時を回っていた。
まだ頭の中で整理ができていない。
Kと音信不通にならないように、その日はKの家に泊まることにした。
起こってしまった最悪の事態に、不安で押し潰されそうになっていた。
明日が来なければいいと願ってしまった。
しかし、容赦なく時間は流れていく。
数時間後には、お客様全員に連絡をして事情を説明しなければいけない。
数日前に銀行口座が凍結したと言っておいて、そこから資金が全て無くなったと伝えることになる。
お客様は12名。
損失額は2,000万円を超えている。
しかも、ほぼ全員が自分経由のお客様だった。
つまり、友人・知人を
巻き込んでしまったのだ。
あれだけ信頼してくれて、大切な資金を任せてくれたのに申し訳が立たない。
でも、せめて今だけは…
一瞬だけでもいいから現実逃避をさせてください。
そう願い、私は短い眠りについた。
次の日から押し寄せてくる激動の数ヶ月に、私は容赦なくのみ込まれていくのである。
・・・
・・・
第七話に続く