【前回の話】第4話
過去に戻ることができるなら…
あなたには「やり直したい」と思う過去はないだろうか?
私にはある。
いくら過去を悔やんでも今となっては取り返しがつかない。
過去には戻れないのだから。当たり前のことだ。人間はいつも前を向いて歩くしかない。
そんなことは分かっている。誰だって頭では理解している。だけど、それでも辛くて押し潰されそうな時がある。
頭で分かっていても、周りから励まされても、きつくて仕方がない時があるんだ。
感情のコントロールを失い、まるで糸が切れた凧のように暴風雨で吹き飛ばされてしまう。
今振り返って考えると、私は多くのことを見落としていたのだろう。
私が知らないところで、とんでもない事態が起きている。
再び起こるKとの音信不通をきっかけに、私は事の重大さに向き合うことになるのである。
社債購入者との面談
すぐに社債購入者に会って、銀行口座凍結の件について事情説明をしなければならなかった。
とても気が重い。
当然、お怒りになる方もいるだろう。
でも、状況説明をしないわけにはいかない。
すぐにスケジュール調整がつかない方もいたが、できる限りひとり一人に会って状況説明を行った。
すると、お会いした方全員が納得してくださった。
中には「心配していないから」と優しいお言葉をかけてくれた方もいた。
本当に有り難い限りだ。
社債を購入してくださった方は、良い方ばかりで救われる思いだった。
しかしそんな思いも束の間、さらなる悲劇が訪れようとしていた。
気持ちを落ち着かせる余裕もなく、事態は悪化の一途を辿っていくのであった。
Kのアポイントドタキャン
社債購入者への謝罪で時間を作りつつ、次の問題を解決しなければいけない。
さて、銀行口座の凍結をどうすれば解除できるのか。
これができなければどうにもならない。一刻も早く解決すべき問題だった。
Kには銀行の残高証明を出させて、口座に間違いなく資金が入っていることを確認させた。
銀行の残高証明には「19,010,000」の数字が表示されていた。
2,000万円近くの資金が口座にある。
本当によかった…
資金があることを確認してホッとしたが、早急に打てる手立てがない。
Kの話では、銀行から凍結解除の返答はきていないとのことだった。
マジかよ…
いつまで続くんだよ。
お金があるのに動かすことができない。ここにきて、運用ビジネスのリスクを思い知った。
銀行口座が使えなくなるというのは、全く想定していなかったことだ。
そして、数日後には事業立ち上げ時からお世話になっているH社長と会う約束があった。
初期から資金を任せてくださり、各方面にも影響力のある方だった。
このような状況を説明したくはなかったが、会わないわけにはいかない。
アポイントの約束を取り付けて、会いに行くことになった。
社債購入者によっては私が一人で事情説明を行っていたが、今回はそういうわけにはいかない。
H社長から不信感を買うと、今後の活動に大きなマイナスになるのは明白だ。
Kも同席して、現状の説明と謝罪をする必要がある。
嘘はつけないので、誠心誠意説明して何とか納得して頂くしかなかった。
しかし、ここでさらなる苦境が襲いかかってきた。
H社長と会う前日になって、またしてもKと連絡が取れなくなったのだ。
再びKとの音信不通。
「うそだろ…」
悪夢のような状況だ。ここまでくると嫌がらせとしか思えない。
もはや怒りを通り越して呆れてしまう。
前回あれだけ釘を刺しておいたのに、またしても同じことを繰り返すなんて。
しかし時間は止まらない。
事態収拾に向けてやるべきことをやらなければいけなかった。
H社長への事情説明
Kと連絡が取れないので、一人でH社長に会うことになった。
もうどうとでもなれ!
正直、心のどこかでヤケクソになっている気持ちがあったのだと思う。
夕方、H社長といつもお会いするカフェに一人で向かった。
先にお店に着いたので、そわそわと落ち着かない気持ちでH社長を待っていると、10分ほど経ってH社長がお店に現れた。
心拍数が跳ね上がり、逃げ帰りたい気持ちに駆られる。
H社長は普段は温厚だが怒ると、とても怖い。不義理、不誠実な振る舞いをH社長はとても嫌った。
正直に全てを打ち明けるしかない。
H社長が向かいの席に座ると「あれ、K君はいないの?」と切り出してきた。
当然の質問だ。
事情を説明することに引け目を感じたが、正直に状況を全て打ち明けた。
すると意外なことにH社長はKに対して怒りをぶつけていたが、私個人にはそれほど怒りを出さなかった。
そしてH社長から客観的なご指摘を頂くことになる。
H社長 : 小川くん、Kの口座の残高や取引履歴は確認しているの?
小川 : はい、確認しています。毎月見せるように言ってますので。
H社長 : ちゃんと目の前でパソコンからログインさせて、取引履歴を確認したことはある?
小川 : えっ?いえ、それはないですけど。
H社長 : すぐに確認した方がいいよ。多分、預かってる資金溶かしてるよ。
小川 : えっ?
H社長 : 普通、銀行口座が予告もなく凍結されるなんて、よほどのことがないとあり得ないよ。
しかも、銀行に確認しているのはKだけなんだよね。だったら、その場を誤魔化すためにKが嘘をついている可能性が高いよ。
小川:そんな…
H社長の鋭い指摘に、何も言い返すことができなかった。
確かに客観的に考えていくと、H社長の言うとおりだ。
Kが一人で資金を管理しているのだから、真相はKにしか分からない。
最悪の事態を考えると背筋が凍った。
そしてこのような状態になっているのにも拘らず、Kだけに資金管理を任せている自分の間抜けさに腹が立った。
生まれて初めて直面する事態に、思考が追い付いていかない。
その様子を察したH社長は、
H社長:まずは本人に会って、今言ったことを確認してごらん。
小川:はい。
H社長に諭され、カフェを出た。
もしかしたら、俺はとんでもない人間と事業をしてきたのかもしれない。
恐怖と後悔の念がジワジワと押し寄せてきた。
しかし、後悔しても後戻りできないほど周りを巻き込んでしまっている。
もう頭の中では、悪い方向にしか考えることができなかった。
そしてお店を出てからすぐにKに電話をかけた。
「出ろ、出ろ、出ろ!」
これほどまでに、誰かに電話に出てほしいと思ったことがあっただろうか。
気持ちは不安とプレッシャーでどうにかなりそうだった。
何度か電話を掛けたが、願いも虚しくKへの連絡は繋がらなかった。
このままKと連絡がつかなかったら…
押し潰されそうになるほどの不安を、必死に抑えながら、私はKに電話をかけ続けた。
Kの嘘
Kとの電話が繋がったのは、H社長と会った日の夜中のことだった。
確か夜中の1時過ぎだったと思う。
半ば諦めかけていたが、ようやくKと連絡が繋がった。
繋がった瞬間、
「繋がった!マジか!」
という驚きと、
「繋がってよかった!」
という喜びが入り混じったな感覚になった。
兎にも角にもKがようやく電話に出た。
K : はい…
小川 : 何が言いたいか分かるよね。
K : はい…
小川 : 何でまた連絡取れなくなったの?
K : …
小川 : まただんまり?
K : いえ…
小川 : 今どこにいるの?
K : 実は今病院におりまして。
小川 : ん?病院?どういうこと?
K : 体調を崩してしまって、病院にいます。ですから、あまり長時間話すことができません。
小川 : 病院って、どこの病院にいるの?
K : 実家近くの病院なので、札幌から離れています。
どう考えてもKの様子がおかしい。
口調もしどろもどろだし、本当のことを言っているとは到底思えない。
小川 : 病院の名前教えて。朝一で行くから。
K : えーっと…
名前に詰まった。確定だ。
Kは嘘をついている。
K : ●●市の▲▲病院です。
小川 : 何号室?
K : えーっと、■■■号室です。
もうこんな嘘に付き合っていられない。
小川 : っていうかさ。お前、今家にいるだろ。
K : …
小川 : 病院にいるなんて嘘なんだろ?
K : ………はい。
本当に最悪だ。嘘をついて誤魔化そうとしたのか。
小川 : 今からお前の家に行くから、ちょっと待ってて。インターホン押すから、絶対に開けろよ。
そう言って、Kとの電話を終えた。
電話を終えたのは、夜中の2時近くだったと記憶している。
すでに電車は動いていなかったが、幸いなことに当時の私が住んでいたところはKのマンションまで徒歩15分ほどの場所だ。
私は急いでKのマンションに行く準備をした。
2015年1月20日午前2時。
雪が積もる冬の北海道。
いつも通っている道だが、車も人通りも少ないためとても静かだ。
気持ちとは裏腹に、外の世界は静かで現実ではないような錯覚に陥る。
「これが夢だったらいいのに」
最悪の結末が頭の中をよぎり、不安に押し潰されそうになりながら私はKの家に向かうのであった。
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第六話に続く