▼【前の話】第1話
法律的には大丈夫なのか?
運用の事業を始めると言っても重大な問題がある。
それは法律面の対策だ。
私は法律面の知識が乏しい。
金融の世界は一般的なビジネスと比べて法律面の規制が多いはずである。
このまま何の知識も準備もなく戦いに出たら、どのような結果になるかは火を見るよりも明らかである。
ドラクエでいうと、最初の村に出てくるスライムにもやられてしまうレベルなのだから。
そもそも何の資格も持たない会社が人様からお金を預かって、代わりに運用しても問題ないものなのか?
今のうちから、目に見えるリスクはできる限り潰しておきたい。
Kは投資の世界に長くいるので、私よりは法律についても詳しいはずである。
率直に色々な質問をぶつけてみた。
小川 : そもそも何の資格も持たない会社が、外部からお金を集めて運用しても大丈夫なの?「金融なんちゃら法」とかに引っ掛かるんじゃないの?
K : 普通に集めたらそうなりますね。個人の貸し借りで集める分には問題ないんですけど、そうなると法律で年利の上限が決まっているので、こちらがやりたいような条件で仕組みを作ることはできません。
会社としてお金を運用するのであれば、法律面の対策が必要になります。
小川 : だったら今のままじゃダメじゃん!
K : 今回は大丈夫なように手は打ってあります。「社債」って聞いたことありますか?
小川 : 社債って債権のこと?国債の会社バージョンみたいな感じ?
K : そうです。会社が出す債権のことなんですけど、これを使います。
小規模私募債と言って、資格を持たない事業所でも49口までなら発行することができる社債があるんです。これは資格がなくても届けを出せば発行することができます。
今は一口50万円ですから、4,950万円までなら集めても問題ないということになります。弁護士の確認を取っているので、間違いないはずです。
小川 : なるほどね。弁護士に確認を取ったなら良かったわ。
K : 逆に言うと4,950万円までしか集めることができませんから、その後の展開は考えていかないといけませんね。
小川 : それは何とかできるんじゃない?何か方法はあるでしょ。それに、すぐに4,950万円が集まるとも思えないし。やりながら対応策を考えていけばいいと思うよ。
K : そうですね。あと、表現としては「お金を集める」や「出資」というのはNGですね。「社債を購入してもらう」という表現になります。
社債は債権ですから購入して頂いた方に、お約束をした利息をお支払いしていくということになります。なので、ニュアンスが利益分配ではなく、利息を払うという意味合いが正しいですね。
金融関係は法律が厳しいですから、伝える表現も気を付けないといけません。伝え方を間違えると処分の対象になってしまうので。
小川 : マジか!それは十分気を付けるわ。そんなことで国から目を付けられたくないし、オーバートークや不誠実な表現はしないようにしよう。というか、俺もそうだけどKも気を付けなよ。
K : 分かりました。
小規模私募債とは初めて聞いた。
初めての業界なので、まだまだ知らないことが沢山ある。事業に関わる立場として、もっと勉強が必要だと改めて感じた。
でも初めての業種というのはワクワクする。学ぶものが初めてのことばかりで、とても刺激的だ。
投資なんて自分には関係ない業種だと思っていたけど、人生分からないものだ。
勉強していくと意外と楽しい業界だと感じた。これは多くの人が知った方がいいと思った。
どのような条件の社債を発行すべきか
今回の社債発行に関しては「他社の金融商品よりも圧倒的にメリットのある条件にすべきだ」と、Kと話し合った。
銀行の普通預金をしていても0.001~0.1%の利息である。
ライバルになる日本企業の一般的な社債の条件を調べてみると、年利で1~2%程度。それらよりも条件を良くすることを考えて、Kの会社で発行する社債は月利で5%の利息で設定した。
つまり、年利で60%の金融商品ということになる。
通常では考えられない利息の社債である。
利息が高過ぎて逆に怪しくなってしまうほどだ。
K :これから発行する社債は一口50万円で月利5%、49口までしか発行できません。調べてみないと分かりませんが、条件を変えて社債を追加で発行できないか調べてみます。
もし社債を49口以上発行する方法があるとしても、次から発行する社債で月利5%は無理ですね。
利息は下げざるを得ないと思います。運用規模が大きくなれば、流動性を下げざるを得ない部分が出てきますから、運用効率が下がる可能性があります。
それを考慮すると、最初の社債49口をご購入頂いた方だけが月利5%の条件でやるという方向でお願いします。
小川 : それは構わないよ。というか、月利2%でも十分だと思うけどね。でも最初はインパクトも重要になるから、月利5%でいこう。
何事も最初にリスクを取る人が大きなリターンがあるわけだし、月利5%は、最初に信用して社債を購入して頂いた方へのメリットってことにしよう。
K : そうですね。あと、社債でお支払いする利息に対しては税金が発生します。源泉分離課税っていうもので、約20%の税金がかかるのです。
ですから、仮に100万円分の社債を購入して頂いた場合、5万円の利息から約20%の税金を引いた4万円を毎月口座にお支払していくということになります。
小川 : なるほどね。そこもきちんと伝えないと後でクレームになる可能性があるから、きちんと説明しようか。
K : あとは、社債の満期もどうするか考えないといけません。一般的な社債の満期は、早くて半年、長いと10年の満期のところもあります。
満期が長いということは、元金が手元から離れている期間が長くなるということです。そうなると当然リスクは高くなります。
小川 : なるほどね。10年も元金が返ってこないのは厳しいね。
K : ですから、今回発行する社債の満期は半年で設定しようと思っています。
小川 : 半年かー、んー………。あのさ、満期を3ヶ月に設定できないの?
K : 3ヶ月ですか?おそらく大丈夫だと思いますけど。
小川 :何事も最初は心理的な障壁が高いからね。そこを少しでも下げた方がいいと思うんだ。社債を購入してくれる方には、お試し期間みたいな感じで満期を3ヶ月に設定して、すぐに元金を返そう。
3ヶ月で元金が返済されるなら、社債を購入してくれる人にも安心感があるでしょ。そこから次に社債を購入してくださる場合は、最低半年の満期にして社債を購入してもらう。
こちらが誠実に運用をして、なおかつアフターフォローをして接触頻度を高めれば、必ず次も社債を購入してくれるから。信用度が上がってくれば、社債の満期が長くても問題ないよ。
K : なるほど。では最初の社債購入に関しては3ヶ月にしましょうか。
小川 : 法律的なところは弁護士に確認しておいてよ。あと、管理とか大丈夫?
満期が短くなると、当然入出金の作業が増えるから、Kの事務作業も増えるでしょ。運用はお金が直接絡むから、一つのミスが大きな信用失墜に繋がるからね。
Kの作業が増えて利息の支払いを忘れたり、事務的なミスを起こすリスクが上がるなら満期を長くしよう。
K : それくらいなら大丈夫ですよ。最高でも49口ですし。一人で数口の購入もあると思いますので、それを考えると管理する人数はそれほど多くはならないと思います。
ネットバンクで利息の支払いと元金の返済を予め予約しておけば、そういうミスは防げると思います。
小川 : なるほどね。だったら、最初の社債の満期は3ヶ月で設定しようか。
こうして最初に発行する社債は、月利5%、満期が3ヶ月の金融商品になった。
ほかにはない条件なので、魅力が伝わり信用度を高めることができれば必ず購入して頂けるはずだ。
そう強く確信していた。
さて、何から始めようか
今回の運用事業の“キモ”になるのは、Kの運用である。
これは120%間違いないだろう。
運用のパフォーマンスをキープすることが絶対条件になる。
どれだけ資金を集めても、色々な戦略を練っても、Kの運用がうまくいかなくなった時点で事業は崩壊する。
そのことに関しては、Kにも口を酸っぱくして言い続けた。
「お前は運用に専念しろ」
「運用に支障をきたすようなことはやらなくていい」
「今まで通り運用ができるようにこちらでも環境を整える」
Kは私の意見は素直に取り入れた。
まぁ、本人は自分でビジネスをやったことがないから、当然と言えば当然なのだが。
本格的に事業をスタートしたからには、自分も成果を出していかなければならない。
成果報酬なので、何もせずにボーッとしていても何も生まれない。
さて、どうしたものか。
正直、Kに直接運用の話を持ってこられた時は「怪しい、意味が分からない」と思った。
そのときの感覚からすると、自分が同じように周りの人に声をかけても、断られるのが関の山である。
これは工夫が必要だな。
色々と戦略を練り行き着いた答えが「セミナーを開催する」というものだった。
いきなり営業をかけるのではなく、興味を持ってもらうための入口のセミナーを開催し、そこに動員をしていくのである。
具体的に言うと「初心者向けの投資セミナー」を開催し、投資初心者をセミナーにどんどん集客をしていく。
直接周りに営業をかけるのではなく、まずは投資に興味を持っている人を集めようと考えたのだ。
これにはいくつか理由がある。
一つ目は先ほども述べたように、直接声をかけるのは断られる確率も高いし、効率が悪いと思った。
二つ目は、周りの友人知人に勧めて変な印象を与えたくなかったという個人的な感情からだ。
投資という分野は、人によっては「怪しい」「危険」「ギャンブル」というネガティブな印象を持っている。
だから興味のある人が集まる仕組みを作り、そこから社債購入に結び付けた方がネガティブな印象を与えにくいし、効率も良く成果も出ると考えたのである、
しかし、セミナーを集客の入口にするにあたって一つ問題が浮上してくる。
それはKのプレゼンスキルの低さである。Kは驚くほどプレゼンスキルがない。
普通にセミナーをしても失敗するのは目に見えている。Kが人前で話をしている姿がまるで想像できない。
さてさて、どうしたものか。
セミナーを二部構成に
色々と考えた結果、セミナーを前半と後半の二部構成にすることにした。
セミナー前半に私が興味付けのための話をして会場の空気を作っておき、後半にKを登場させてプレゼン資料通りに話を進めていく。
そうすればKが話をするのは必要最低限で済む。
K自身は、プレゼンは苦手だが、質疑応答で質問に答える形式なら話がしやすいと言っていた。
だったら質疑応答の時間を増やして、Kが一方的に話をする状況にしなければいい。
やってみなければ分からないが、これなら何とかなりそうだ。
今までの経験則から考えてセミナーは段取りさえきちんと行えば、内容で多少失敗しても何とかなる。
あとは、セミナーの前半部分の“つかみ”が出来れば、なんとかセミナーを成立させることができると思った。
セミナー構成は、
・これからの日本経済がどのようになっていくか
・なぜ、投資をやるべきなのか
これを前半部分で私が話をする。
そして後半では、
・投資とは
・投資の種類
・投資に対する誤解
・投資のメリット・デメリット
・投資をやる際の注意点
これらをKが資料通りに話をする。
Kはアドリブがきかないので、プレゼン資料を作り込み、セミナー直前に何度も練習をさせた。
最初はプレゼン練習を聞いていても何を言っているか分からないレベルだったが、少しずつ言葉が出てくるようになっていった。
まだまだ不安は拭い切れないが、当日までにある程度のところまで仕上げていくしかない。
Kには初心者向けに、投資の考え方やおすすめの手法、テクニックについてできる限り分かりやすく解説させた。
そしていよいよ投資セミナーの開催日がやってきたのだった。
緊張のセミナー開催
投資セミナー当日。
事前に段取りは組んでいたので、セミナー開催前までの流れはスムーズに行うことができた。
セミナーへの参加者は6名様で、ほとんどが投資に関して初心者だった。
予定通り前半部分は私が話をした。
全力で会場の空気を作って、Kにバトンタッチ。
しかし、予想通りと言えば予想通りだが、ここでアクシデントが発生した。
Kの後半のプレゼン時間は40分程度を予定していたが、Kが緊張のあまり早口になったり、資料の内容を飛ばしたりして、20分程度で資料の内容を終えてしまったのだ。
さすが投資しかしてこなかった男。
何かしら不測の事態が起こるとは予想していたが、ここまでプレゼン内容を短縮してくれるとは思わなかった。
しかも資料を棒読み状態だったので、参加者は「ぽかーん」という状態である。
これはマズイ。
このままではセミナーがグダグダのまま終了してしまう。
急遽、私が横やりを入れてKに補足説明させた。
さらに、質疑応答の時に意図的に初心者向けの質問をして何とか場を繋いでいった。
こうしてKが当初予定していた後半部分を何とか乗り切ることができたのだった。
しかし、セミナーはまだ終わりではない。
Kの後半部分のプレゼンが終わると、また私にバトンタッチして、Kの会社で発行している社債について説明を行った。
説明と言っても5分程度の簡単な説明で詳しい内容はセミナーでは話をしなかった。
つまりセミナー会場ではセールスを行わないようにしたのだ。
セミナー参加者は「初心者向けの投資のやり方」を聞きに来ているので、いきなり社債のセールスを行うと騙し討ちを受けた印象を持たれる可能性がある。
そのためセミナーでは別日程で「個別社債説明会」を行う旨をアナウンスして、そちらへ誘導するような流れを作ったのである。
社債に関しての説明は、個別の社債説明会で行う。
セミナー会場では詳しい話はしない。
そうすることで、純粋に社債に興味を持ってくださる方を絞り込むことができる。
さらに個別社債説明会へ誘導する際に、私達は“ある仕掛け”を行った。
個別社債説明会に参加希望の際は、配られたアンケートに「投資予定金額」を記入して頂くようにしたのだ。
私達にとって、この「投資予定金額」が非常に重要な情報であった。
なぜなら、Kの会社で発行する社債は一口50万円である。
いくら社債に興味があると言っても50万円以上の余剰金がなければ、そもそも購入して頂くことはできないのである。
そのため「投資予定金額」を予めアンケートで確認することによってセミナー参加者をフィルターにかけたのだ。
セールスをかけられる方は、断わるのにもある程度のエネルギーを使うものだ。
双方がムダな時間とエネルギーを使わないようにするために、この投資予定金額は非常に重要な情報だった。
投資予定金額が50万円以下の場合は、こちらも無理にセールスをしなくて済む。
情報提供だけを行って、今後タイミングが合えば社債の購入を検討して頂ければいい。
「ノーニーズ・ノープレゼンテーション」というやつである。
逆に投資予定金額が50万円以上であれば、社債を購入して頂けるだけの資金があるので「見込み客」ということになる。
その方達にだけ的を絞ってプレゼンを行って行けば良い。
そして、私はセミナーの最後をこのように締めくくった。
「今までの話を聞いて頂いて、多少なりとも投資に興味をお持ち頂けたと思います。しかし投資初心者の方なら、不安な気持ちもあると思います。
当然、最初から思い通りに勝てるほど甘い世界ではありませんし、実際に損失を出して相場から退場する方も大勢いらっしゃいます。
最悪、苦労して蓄えた資金が一瞬で無くなってしまうこともあり得るのです。そこで講師のKさんの会社から、とっておきの金融商品をご用意しました。
ただ、ここでは詳しい話はしません。ご興味のある方は個別説明会を開催しますので、そちらで詳しい話を聞いてください。
もちろん、強引なセールスや強制的なクロージングは一切行わないことをお約束します。あくまでも情報提供ですから、判断材料の一つとして内容をご確認ください」
私は社債を購入して頂くにあたり、Kにあることを伝えていた。
それは「強引なセールストークや逃げ道を無くすようなクロージングは絶対に行わないように」ということだ。
これは私個人の考え方の話にはなるが、求めていない人に強引なクロージングを行って契約を頂いても、長期的にはマイナスになると考えている。
さらに、個人的に気分も良くないのでやりたくない。
Kは空気を読まずにプッシュするところがあったので、自分達で言った約束は必ず守るように強く念を押した。
結果として、6人の参加者のうち2人が個別社債説明会への参加を希望してくれた。
この数字をどのように捉えるかは人それぞれだと思うが、私は悪くない反応だと思った。
第1回目のセミナーはあまり参加者が集まらなかったが、結果的にそれが良い結果に結びついたと思った。
参加者の規模が多くなればなるほど、前でプレゼンをしているKをフォローするのが難しくなってしまう。
Kのプレゼン力も考慮すると、少人数でセミナーを開催したことが功を奏したと言える。
色々と大変なところもあったが、記念すべき第1回目のセミナーでは何とか先に可能性が繋がった。
個別社債説明会
セミナーが終わったからと言っても全く安心はできない。
むしろ本番はここからである。
セミナーで社債に興味を持ってくださった方に個別でプレゼンを行っていくことになる。
当然と言えば当然だが、社債説明会では説明の9割は私が行った。Kには専門的な部分を補足してもらう程度にして、極力話をさせないようしたのである。
プレゼンと言っても15分もあれば社債の説明は終わってしまう。できる限り簡潔に分かりやすく話をするように心がけた。
資金が50万円以上ある方にだけフォーカスしていたので、相手も興味を持って話を聞いてくれていた。
このアンケート作戦は、こちらの思惑通りに機能してくれたのだ。
そして、当然だがここでもクロージングは一切行わなかった。
だったら「どうやって社債を売ったのか?」という疑問が湧いてくると思う。
その点に関して、私は“次の一手”を用意した。
今振り返ると、この“次の一手”が社債の成約率を大きく左右することになるのである。
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第三話に続く