Webコピーライター小川 晃司のプロフィール

小川の経歴

 

21歳の時に、アルバイト先の飲食店の社長の影響で起業・独立に興味を持つ。

 

「自分でお店をやってみたい」

「起業って何から始めたらいいんだろう?」

 

自分の知識が無さ過ぎたため、周りの友人、知人に相談を繰り返す。すると大学のゼミの先輩から20代の若手社長を紹介して頂くことに。

 

紹介して頂いた若手社長Yさんは、自分よりも5歳年上の方で、大学生の頃から自分でビジネスを立ち上げて生計を立てている起業家であった。話を聞いていて「この人はすごい!」と感じて弟子入りをすることに。

 

最初はあっさり断られるが、諦めずに喰らいついていく。そして、念願叶ってビジネスの立ち上げに関わらせて頂くことになる。

 

・ネットビジネス参入
・セミナー開催
・ビジネス塾運営

 

5日間で合計数時間の睡眠しか取れないほどの激務を味わいながら、ビジネスをイロハを教わる。セールスレターを書きあげたり、セミナーへの集客やビジネス塾に興味がある方への営業活動をしたり…多岐に渡る経験を積んでいく。

 

学生中に1年半、Yさんのビジネスパートナーとして行動を共にさせて頂く。様々な経験を積むが、同時に人一倍の失敗と挫折も経験する。

 

「第一次、お金が無い苦境時代」を経験。携帯電話も頻繁に止められていた。

 

その後、Yさんは東京でビジネスを立ち上げることになり、チームは解散。僕は札幌に残り、大学へ復学。改めて道を模索することに…

 

23歳でベンチャー会社へ就職

 

就職先は立ち上げたばかりのベンチャー会社であった。大学4年生から1年ほどインターンシップとして働き、大学を卒業してからそのまま就職することになった。人数は10人ほどの会社で、部署が2つ。1つはインターネット回線や通信機器の営業をしている部署。2つ目はインターネットビジネスを立ち上げている部署。

 

僕はインターネットビジネスを行う部署で働くことになった。ちょうど立ち上げの真っ最中で、初期メンバーとして関わらせて頂くことに。ダイエットやゴルフの教材を作って販売しようとしていた。情報商材や情報ビジネスと言われる業界である(ビリーズブートキャンプみたいなイメージ)

 

ベンチャー会社で人が少なかったこともあり、多岐に渡る仕事に関わらせて頂くことに。製品企画、製品制作、コピーライティング、マーケティング、ジョイントベンチャーの交渉など。運営全般に従事。

 

この時期も鬼のような激務を経験。1日18時間働き、会社に泊まり込むのがあたり前という毎日を過ごす。死ぬほど忙しかったが、今振り返ると楽しい思い出になっている。

 

ただ努力も虚しく1年後に会社の資金がショート。会社が倒産しそうになると、人間関係もギクシャクして険悪に…

 

日に日に社長の機嫌が悪くなり、その期限の悪さがスタッフにも伝わり、社内全体が暗くなっていた。そして「今月分の給料が出ない」と社長から通達。僕はそのタイミングで退社を決意。結局、僕が退社してから半年ほどで会社は倒産。

 

僕も大学時代から働き始め、その会社には1年数ヶ月在籍。しかし大学を卒業して間もなくプータローになるのであった。「第二次お金が無い苦境時代」を経験することに。しばらくは親のスネをかじりながら、惨めな思いをしてしばらく生活をしていくのであった。

 

ネットワークビジネスを初体験

 

その後、大手自動車ディーラーに転職。車のセールスマンとして勤務。しかし、働き始めて1ヶ月で肌に合わないと感じ、結局半年勤務して退社。社会不適合者としての頭角を現し始める。

 

ディーラーに勤務しながら、ネットワークビジネスに取り組み始める。業界最大手A社で、ビジネス活動を始めるが、1年数ヶ月活動して最高月収が1万円という現実を突きつけられる。1万円の報酬を得た月に、自己消費で購入した製品代金は26万円であった。赤字額の多さにも愕然としてしまう。

 

1年に1回ある麺バー更新のタイミングで、グループの半分が退会。まるで収入にならない活動を続けていたが、心がボッキリ折れてしまう。

 

それからしばらくして、同じくネットワークビジネスでアメリカから上陸したばかりの新興勢力M社の勧誘を受けることに。迷った末に移籍を決意。

 

M社でも頑張ってビジネス活動をするが、結局月3万円程度の収入であった。M社でも思うように流通を拡大することができず、半年後に退会することになるのであった。

 

再びインターネットビジネスの世界へ

 

同時期に、ネット通販事業をしている会社の専務から声をかけて頂き、再びインターネットビジネスの世界へ戻ることに。セールスライティングをメインとして、ランディングページやメールマガジンの原稿を執筆。

 

ネットから月200万~300万円の売上をコンスタントに出せるようになる。コピーライターとして原稿を執筆しながら、またネットワークビジネスを始めることに。外資系M社で活動をスタートする(前回と同じMだが違う会社である)。

 

グループ人数50人程度で、月4~5万円程度の収入が安定して入ってくるようになる。しかし、50人から流通を伸ばすことができずに停滞。結局、製品を使う愛用者としてフェードアウトしていく。

 

情報ビジネスの会社にヘッドハンティングされる

 

ネット通販事業の会社を退社後、情報ビジネス業界で大手の会社にヘッドハンティングされることに。コピーライターとして原稿を書きまくる日々に突入する。主にプロダクトローンチのシナリオメールを担当。

 

数千万円の利益を出した企画のプロモーションメールを担当し、ゴーストライターとして実績を積んでいく。

 

友人が立ち上げた会社にヘッドハンティングされる

 

ある時、友人が起業して会社を立ち上げることになり「うちの会社で働かないか?」と声をかけて頂く。ビジネスの立ち上げは好きだが、大変さも理解しているので非常に迷う。

 

迷った末に友人の立ち上げた会社で働くことを決意。「取締役」という肩書は立派なポジションに就任する。変わった事業モデルの会社で「マンガ」を活かしたプロダクトを扱っていた。マンガ名刺、マンガ広告、マンガランディングページなどである。

 

社内にプロのマンガ連載を目指す腕の良い漫画家が常駐。クオリティの高いマンガ名刺やマンガ広告を提供していた。

 

クライアントの売上アップのために現場を徹底的にリサーチし、その会社に合った売上アップの方法を提案していくコンサルタントのような仕事を経験。

 

念願の独立を果たすも…

 

コピーライター&マーケッターとしてキャリアを積み、2014年10月に独立。プロトレーダーとアライアンスを組み、投資系のビジネスモデルを構築。順調に事業拡大をしていった。

 

月の粗利も10万、15万、20万、40万、50万円と順調に伸びていった。しかし、順調に拡大していると確信していた矢先、パートナーの詐欺行為が発覚。損失額2,300万円。事業の失敗と大きな挫折を経験。

 

周りの方も巻き込み、大きな被害を出してしまう。今まで培ってきたスキルと経験が、全てマイナスに作用してしまう結果に。まさに2015年は暗黒の1年だったと言える。

 

ネットビジネスで再起を決意

 

暗黒の2015年を乗り越えて、ネットビジネスで成功することを決意する。一度会社員に戻り、隙間時間でブログを書き始めることに。仕事が終わってから毎日3~4時間ブログを書き続け、数ヶ月間その生活を繰り返す。

 

ブログがきっかけとなり、ライティングの依頼を頂けるようになる。プロダクトローンチのランディングページ、ステップメール、セールスレターの原稿執筆を行い、成果報酬で約200万円の報酬を受け取る。それがきっかけで再び独立をすることに。

 

コピーライターとして生計を立てながら、投資事業に参入。現在はトレードに力を入れつつ、ブログや動画で情報発信を行っている。特に詐欺的なビジネスや投資詐欺の啓蒙動画は多くの方から反響を頂いている。